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ファッション商品企画担当者のためのカーボンフットプリント追跡技術:サプライチェーン可視化と削減目標設定への応用

Tags: カーボンフットプリント, サプライチェーン, LCA, トレーサビリティ, デジタル技術, サステナビリティ, 商品企画

はじめに:ファッション産業におけるカーボンフットプリント追跡の重要性

地球温暖化対策が世界的に喫緊の課題となる中、ファッション産業もその影響を無視できません。製造から廃棄に至る長いサプライチェーンを持つファッション製品は、温室効果ガス排出量が非常に多い産業の一つとして認識されています。特に、原材料の生産、素材の加工、製造工程、輸送といった段階で大量のエネルギーが消費され、これがカーボンフットプリントとして製品に蓄積されます。

消費者や投資家の環境意識の高まりに加え、EUにおけるデジタルプロダクトパスポート(DPP)義務化の動きなど、規制強化の波も押し寄せています。このような状況下で、自社製品が環境に与える負荷、特にカーボンフットプリントを正確に把握し、削減に向けた具体的な取り組みを進めることは、企業にとって単なるCSRではなく、ビジネスの継続性と競争力強化のために不可欠となっています。

商品企画担当者としては、デザインや素材選定の段階から製品の環境負荷を考慮し、サプライヤーと連携して排出量削減を目指すことが求められます。そのためには、製品のライフサイクル全体にわたるカーボンフットプリントを「見える化」する技術の活用が鍵となります。

カーボンフットプリント追跡技術の基礎

製品のカーボンフットプリントを算定する基本的な手法として、ライフサイクルアセスメント(LCA)があります。LCAは、製品の「ゆりかごから墓場まで」、すなわち原材料調達から製造、輸送、販売、使用、廃棄、リサイクルに至る全ての段階で発生する環境負荷(温室効果ガス排出量を含む)を定量的に評価する手法です。

しかし、ファッション製品の複雑なサプライチェーンにおいては、各段階で発生する正確な排出量データを収集し、集計することは容易ではありません。特に、多段階にわたるサプライヤーからのデータ収集、データの標準化、そしてリアルタイム性のある追跡は大きな課題となります。カーボンフットプリント追跡技術は、このLCAの考え方を基盤としつつ、デジタル技術を用いてデータ収集・管理・分析を効率化・高度化することを目指します。

追跡の対象範囲は、主に以下の段階におけるエネルギー消費や資源利用に伴う排出量です。 * 素材調達: 原材料の生産(綿花栽培、石油採掘など)、繊維への加工 * 製造: 紡績、染色、縫製、加工 * 輸送: 原材料、中間製品、最終製品の物流 * 販売: 店舗運営、オンライン販売に伴う排出 * 使用: 洗濯、乾燥、アイロンがけなど(消費者による) * 廃棄/リサイクル: 焼却、埋め立て、リサイクル工程

これらの段階で発生する温室効果ガス排出量を把握し、製品単位、あるいはバッチ単位で追跡することが目標となります。

サプライチェーン可視化とデータ連携技術

正確なカーボンフットプリント追跡には、複雑なサプライチェーンの可視化が不可欠です。現在、多くの企業でサプライチェーンの上流まで含めた透明性の確保が求められています。これに貢献する技術としては、以下のようなものが挙げられます。

これらの技術を組み合わせることで、従来ブラックボックス化しがちだったサプライチェーンの奥深くで発生する環境負荷を、より正確に把握し、追跡することが可能となります。

製品レベルでのカーボンフットプリント追跡の実際

製品単位でのカーボンフットプリントを計算するためには、以下の要素を統合する必要があります。

  1. 原材料の排出原単位データ: 使用される繊維(オーガニックコットン、リサイクルポリエステル、リヨセルなど)、染料、副資材といった原材料の種類ごとに、その生産や加工段階で発生する単位量あたりの温室効果ガス排出量データ(排出原単位)が必要です。信頼性の高いデータベースやサプライヤーからの一次データが用いられます。
  2. 製造工程における計測データ: 各工場(紡績、染色、縫製など)におけるエネルギー(電力、ガス)消費量、水使用量、廃棄物発生量などを計測し、それぞれの製品バッチに紐付けることで、製造段階での排出量を算出します。IoTセンサーやスマートメーターからのリアルタイムデータが役立ちます。
  3. 輸送・物流データ: 使用される輸送手段(船、航空機、トラック、鉄道など)、輸送距離、積載量に基づいて、輸送段階での排出量を計算します。GPSデータや物流管理システム(TMS)からのデータが利用できます。
  4. 使用・廃棄段階の推定: 製品の使用頻度、洗濯方法、寿命、最終的な処分方法(焼却、リサイクル、再利用など)は消費者の行動に依存するため、推定に基づいたデータが用いられることが多いです。製品設計段階で、耐久性の向上やリサイクルしやすい素材選定を行うことが、この段階の排出量削減に貢献します。

これらのデータを、先に述べたデータプラットフォーム上で集約し、製品の構成要素や製造・物流ルートに基づいて計算することで、製品ごとのカーボンフットプリントを算出します。

追跡データの活用とビジネス応用

カーボンフットプリント追跡によって得られたデータは、商品企画担当者にとって多くの示唆を与え、ビジネス上の意思決定に活用できます。

これらの取り組みは、環境負荷低減に貢献するだけでなく、生産・物流プロセスの効率化によるコスト削減、サプライヤーとの関係強化、そしてサステナビリティを重視する消費者からの信頼獲得というビジネスメリットにもつながります。

導入における課題と克服策

カーボンフットプリント追跡システムを導入・運用する上では、いくつかの課題が存在します。

今後の展望

カーボンフットプリント追跡技術は、今後さらに発展していくと考えられます。

AIを活用することで、収集された大量のデータをより高度に分析し、排出量のホットスポットを自動的に特定したり、様々なシナリオ(例:素材変更、生産地変更)における排出量を予測したりすることが可能になるでしょう。

また、デジタルツイン技術をサプライチェーン全体に適用することで、物理的なサプライチェーンをデジタル空間に再現し、素材調達から顧客に届くまでの全てのプロセスをシミュレーションすることで、環境負荷を最小限に抑える最適なサプライチェーン設計を検討できるようになるかもしれません。

国際的なレベルでのデータ標準化や、デジタルプロダクトパスポートのような規制枠組みの整備も進み、より正確で相互運用性の高いカーボンフットプリント情報が流通するようになることが期待されます。これにより、製品や企業の環境パフォーマンスがより容易に比較可能となり、サステナビリティ競争は一層加速するでしょう。

まとめ:商品企画担当者への示唆

ファッション製品のカーボンフットプリント追跡は、もはや選択肢ではなく、持続可能なビジネスを行う上で必須の取り組みとなりつつあります。商品企画担当者としては、以下の点を意識することが重要です。

まず、製品のライフサイクル全体にわたる環境負荷を可視化するために、IoT、ブロックチェーン、クラウドプラットフォームといったデジタル技術がどのように活用できるかを理解することです。単なる技術知識としてではなく、それがデータ収集の効率化、サプライチェーンの透明性向上、そして正確な排出量計算にどう繋がるかを把握することが求められます。

次に、追跡によって得られたデータを、素材選定、サプライヤーとの連携、生産・物流プロセスの改善、そして削減目標の設定と進捗管理といった具体的な業務に応用することです。データに基づいた意思決定こそが、効果的な排出量削減とビジネスメリットの両立を実現します。

最後に、カーボンフットプリント追跡はサプライチェーン全体を巻き込む取り組みであることを理解し、サプライヤーとの協力体制を構築し、社内各部署との連携を深めることが成功の鍵となります。

テクノロジーを賢く活用し、自社製品のカーボンフットプリントを正確に把握・削減する取り組みを通じて、ファッション産業のよりサステナブルな未来を切り拓くことが期待されています。